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黒月回顧録
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SoundHorizonと音楽と物書きと
2006-03-11-Sat  CATEGORY: 雑感
時間があいたときにAuthor書いてるのですが、煮詰まったのでちょっと別のこと考えてみます。
折角DVD届いたわけですし、SoundHorizonのことも絡めて。

まず、これはいろんな所で言われてることだけど、SoundHorizonは大衆には受け容れられない音楽であること。
はっきり言って個性が強すぎる。
聞きやすさやありふれた感覚、旋律・言葉の綺麗さ(=わかりやすさ)は日本的な大衆文化の目に見える側面だと思っている(専門じゃないから真に受けないように)んだけど、真逆をいってる。
ですから興味のない人間にとってみれば、一部ファンとSoundHorizonとの間での熱狂にしか見えなかったり、或いは所謂「文化祭カフェ」みたいな雰囲気を感じたりするのも当然なのですよね。
Amazonのレビューを眺めてみると、その類の感想は事ある毎に書かれています。
これはもう、1ファンとして自分も否定できない。

では、音楽としてはどうなのだろうか。
とはいえ、その為に必要な『何を持って「音楽」と呼ぶのだろうか』、ということを考えたときに、大げさな定義や歴史的な背景を素人がソースも無しに考えるのは烏滸がましいっていうか馬鹿らしいわけで、具体「的」な事をぽつぽつと例に挙げながら考えてみます。
まず、先に挙げた日本的な大衆音楽、ひらたく言っちゃえばJ-POP。
全体的にテーマの独創性が希薄なのが特徴かなぁ、と思ったりするわけだけど、大衆音楽なんだからまぁもっともな事なんだろう。兎に角、これは音楽であることは間違いない。
では何のための音楽か。
一番最初に思い浮かんだのは『金を稼ぐための音楽』。……荒んでるな、僕よ。
や、J-POP好きな人には悪いけど、実際そう言う側面が在ると「思ってしまう」んだから仕方ない。
観客を愉しませるのは、どこかで自分が愉しむ為の金を稼ぐためである面は少なからずあると思う。
とはいえ、それは『自分を表現する為の音楽』と密接な繋がりがあることは間違いない。それが「本」にせよ「末」にせよ。
『金を稼ぐための音楽』場合、『金を稼ぐこと』を実現する為の手段として『音楽』が存在し、それは間接的に『金を稼ぐ自分』を反映する事となる。一時近似とこじつけをして見れば、それは『金を稼ぐ手段に音楽を選んだ自分』の表現として見れなくもない。

次にヴィジュアル系・パンク系。ヴィジュアルでは僕はガゼットとかわりと好きなんですけれど、彼等の奏でる音楽は基本的に大衆向けではありません。
むしろ独我的嗜好の強い、『表現する為の音楽/吐き出すための音楽』でしょう。
奇抜な衣装や、退廃的・耽美な作風。毒々しく、もっと言ってしまえば下劣な歌詞は、どう考えたって大衆向きじゃない。
むしろ自分やそれを取り巻く社会に対して喧嘩売ってる様にさえ思えますし、また彼等の中には、自分の中の深層の表現を追い求めるあまりに自身が退廃・自傷していくタイプも在るようです。
若い子(どっちかといえば女性ファンが多いのかな?)にはそう言う彼等の歌やライブの様子に対して受け容れ可能・共感可能な子達が少なくないのは、容易に承知してもらえるかと思います。

さて、もう一つ。件のSoundHorizonです。
彼等は同人サークルとして活動を出発したグループです。
元々同人活動は、趣味の合う仲間達(俗に言うヌルヲタを含む、オタク人種)の範囲で愉しみを分かち合う文化なので、当然と言えば当然なのですが、一方で同人は自分というものの表現に対して、商業と比較して圧倒的に制約の少ない状態で臨める文化の一つでもあるのです。
その性格を引き継いだまま商業参加している以上、『表現するための音楽』が前面に押し出され、それがSoundHorizonの本質になっているわけなんですが、『現実の閉鎖的オタク文化』に耐性のない人々には、ヴィジュアル系以上に敷居の高い音楽になってしまっているのだと思います。

徒然なるまま生み出されたコンテクストから、うん、どうやら音楽とは『表現方法』の一種と「大きく」括ることが出来そうです。
何を当たり前のことを、と思った人、ひょっとして数学が苦手なんじゃないですか? 僕も苦手ですけど。
では本当にそう呼べるのか。
音楽は歌うだけ、奏でるだけ、ステージで踊るだけが音楽じゃない。
『趣味:音楽鑑賞』なんて、調査書か何かに書いたことがある覚えはありませんか?

それについても少し「考えて」みましょうか。
音楽の発信源とその受信者は基本的に異なる訳ですが、その受信者には、それぞれの『趣味』というアンテナが突き刺さっています。
まぁ、そうですよね。似たようなことはさっきまでの中にも書いています。
仮に『音楽は自己表現の手段』であることが正しいとした時、受信者は音楽を通じて、結果的にその発信者自身を受信していることとなります。
この時、『音楽』は発信者と受信者を繋ぐ『メディア』の役割を果たしているわけですよね。
するとこの場合、私達はメディアを通じて発信者の表現するテーマを趣味に沿って捨取選択してる事になり、例えばそのテーマに「割と想像可能な愛や恋・希望・優しさ・信念・etc...」といった大衆に受け容れられているものを持ってきているのがJ-POPなのだろうし、Elysionみたいな『イメージしにくい恋愛・死・喪失・終焉』をテーマに持ってくるSoundHorizonは、何度も言っているように大衆には受け容れられないのです。
何が言いたいのかと言えば、『表現』である以上、音楽はその為のメディアの一つに過ぎず、不特定多数に送信されるメディア自身が受信者を選定するという言い方は出来なくなり、一方娯楽として音楽鑑賞を捉えている人間は、その実自分自身の趣味をメディアを選り好みする事で表現していると言い換えることができるだろう、そしてその表現が所謂『娯楽としての音楽鑑賞』の主たる面なのであろうという事です。
大げさに聞こえるかも知れないけど、言ってることは普通ですよね。
屁理屈だと言いたい人もいるだろうけれど、この『音楽は自己表現の手段』という仮説にとりあえず矛盾は無さそうですよね。

選り好みは価値観、即ち相対的なものですから、優劣を付けたとしてもその全てが正しいという結果になり、最終的に音楽としての在り方に是非を問うことは不可能になってしまう訳です。
ふう、長くなりましたが、やっと僕なりの結論が出ました。
結論:自分の好きな音楽には胸を張って良い。それは正しい。
   故に「僕の好きな」SoundHorizonの曲は全てにおいて素晴らしい(笑

……大体、大衆音楽であるJ-POPにだって程度の違いこそあれ選り好みが在るんだから、作り出された音楽に対する『温度差』や『好き嫌い』に依存するレビューに僕は価値を見いだせない訳で……っと話がそれましたね。

兎に角、音楽は大きな視点で見れば『表現手段・表現媒体』な訳ですが、別にこれって、音楽に限ったことではないわけです。
同様の性質はライトノベルやポエム、エッセイ等、文章にも当然見受けられるのです。
(尤も、文章の場合文字や言葉による記号性がより強いと思うので、その分極端な選り好みの違いは生じにくいのでしょうけれども)

僕は大別するところのライトノベル書きですけれど、SoundHorizon(というかRevoさん)の様に独自の世界を創造・表現できる彼等は、僕にとって目指すべき高みと言っても過言ではないのです。
無論より多くの人に僕の文章を受け容れて欲しいし、何かを感じ取って貰えれば(それが感動であったり、あるいは唯の娯楽としての感覚であったりするのだろうけれど)それが最良です。
しかし物書きとして、神無月淺日を表現するという点は、大衆性を犠牲にして押し通したとして、それに見合う価値がある事なのです。


『例えば僕がいなくなったって、音楽は奏でられ続けるでしょうし、物語は紡がれ続けるでしょう。
現実問題、さして誰も困らないでしょう。でも、僕は抗いたい。僕の人生は、代替えの利く部品ではない。
日々もがきながらも『小さな幸せ』を感じながら、僕は僕の音楽を創り続けます。
                      ――(Revo氏の言葉:poca felicitaより)』
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コメント

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コメント御影 誠(あらまさ) | URL | 2006-03-13-Mon 03:49 [EDIT]
同意。
というか極論的に、もっともシンプルな形にして考えるならば芸術って自分の世界の表現であり探求であり真実であり根源であると思う訳で。

例えそれがどんな絵であろうともどんな音楽であろうともどんな文章であろうとも理解され共感される謂れは在っても批判され蔑まれる理由は存在しな
いかと。当然無視されることも在って然りですがね。

『お金を稼ぐための音楽』には確かに共感できないでしょうさ。それは自分の内から出るモノじゃなくて単なるカタチだけの伽藍洞でしょうし。中身の無い缶ジュースを買いますか?そんなもんです。それに共感できる人もいるでしょうけど。
別に悪いって訳じゃないんですよ。唯、興味の対象外って感じですね。

まぁ言いたかったことは芸術ってのは押し付けるモノじゃなくて自分の世界そのものってことじゃないかと思う訳ですよ。例えそれが一部の人にしか共感や理解されなくても素晴らしいものは素晴らしいと思う。そうでなくっちゃ嘘ですよね。
偉そうに批判してる連中は馬鹿か偉ぶった頭の固いヒトですよ。
コメント黒月アサヒ | URL | 2006-03-13-Mon 14:26 [EDIT]
理屈屋さんなんので、言いたいことにいきつくまでダラダラするのが僕の悪い癖です。
そうなんですよね……自己の表現・探求はモノを創る人間としては退けない一線です。

いや、しかしこういう内容を書いた後振り返って思うのは、深夜の魔力は怖ろしいってことですね((
コメント御影 誠 | URL | 2006-03-13-Mon 23:14 [EDIT]
激しく同意で御座いますわ。
というか屁理屈でもなんでも語ることが重要かと。
…改めて文面見てるとわしのが屁理屈くさいですなぁ。
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コメント松田964 | URL | 2006-06-29-Thu 21:08 [EDIT]
突然の書き込みで失礼いたします。

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