まぁ日記です 楽しいこと書いたり、馬鹿なことを書いたり、鬱な事を書いたり。 そんな感じで色々と。
黒月回顧録
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ページトップへ
2006-07-07-Fri  CATEGORY: 雑感
丈太郎には昨日話したことなのですが。

大局的に物を見る、っていうことは、一見なんの関係もないような幾つかの小規模な事項の関連性を見いだす能力なんだとおもいます。
その為には自分自身が予備知識として基本的な事柄を押さえていないといけないし、かつその知識を適切にひっぱりだすスキルも要求されます。
また、大局的に物を見ようと心がける人の陥りがちな落とし穴というのは、小規模の事項に関して多角的に分析するうちに、やがて自分が「大局的な物の見方をしているという錯覚」に陥ることではないでしょうか。
いくら見方を変えたところで、見ている対象が一つでは、それに関する細かい状況は得られても大局は得られません。
とはいえ、この「多角的な観察」というのは、状況によっては非常に強力な観察方法なわけで、そこがまたややっこしい事になっていると思います。

大局を見て判断する事が有効であるのは、主に一つの事項に対して複数の原因が想定される場合でしょうね。
その事柄を修正するために、複雑化した因果関係を解きほぐすには、やはり大まかなチャートは必要でしょう。
逆にその見方が必要とされない事項はというと、これは一時的な作業や連続性を伴わない事項でしょうか。

でもこの「一時的作業」という事項の定義域は広くて、その一部は先に述べた「複数原因を伴う事項」の中にも掛かっているわけです。
具体的に言えば、鬱病の患者に対して行うメンタルケアなんかですよね。
(鬱病の患者というのは様々な抑圧から精神的疲労ががピークに達した状態にありますから、まずその疲労を癒す為の睡眠や対話(重度になれば成る程、ケアする人間には聞き手としての立ち回りが求められますが)、また疲労回復という目的のための薬剤処方を行うのが良いそうです)
お互いの属する集合の中に共通部分が生じる事での混同によって、「大局的な見方」という観念の錯覚や機能障害をおこしてしまうことは、意識せずとも多々あるのかもしれません。
人の話を聞いているようで、自分の経験の豊富さが故に、勝手な分析とカテゴライズをしたりだとか、責められるべき人間は他にもいるのに、普段の素行故に目につく人物ばかりを責め立てたりだとか。

大局的な見方を難しい観念にしているのは、案外自分自身が原因なのかもしれませんね。


何が言いたいかって、癌を批判したい連中は、ただ癌砲氏ねって言うだけじゃなくって、穴だらけ(らしい)だったり不具合の多いプログラムばっかり組んでる重力や、或いは登録者数が非常に多い分、逆にRMTの大型マーケットの一つになっている現状とか、その「買い手」の多さからくるBOTの量とか、BOT索的に用いられてる手法とか、そういった事に関する文句をもっと考えたり言ったりしても良いと思うんですよ。
癌批判は結構だけど、どうも文面が頭悪く感じられるんですよね。
僕も癌は嫌いだし、仕事は悪いと思うけど……
癌ばっかり責めてるのは、なんかこう、もやもやっとくるわけですよ。
諸悪の根元の、あくまで一つでしかないでしょ。
まぁ、僕もあんまり頭良いこと書いてるとは思わないけどさ。

スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント2
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
コメントへし | URL | 2006-07-11-Tue 22:09 [EDIT]
ケトゥーはいいトコロだったな・・・
またゆこう。
とりあえず回線繋がった報告~。
コメント淺日 | URL | 2006-07-12-Wed 21:22 [EDIT]
うむ、実に美味であった(・ω・

また今度(月末以外で)気軽に誘ってくれーw
トラックバック
TB*URL


余白 Copyright © 2005 黒月回顧録. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。