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黒月回顧録
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相対論に要求されるのは
2006-08-17-Thu  CATEGORY: 雑感
結局の所、客体的な弁論ではなく主観的な意見なのでしょうね。

「こういう言い方も出来るし、ああいう言い方も出来る。どっちも正しい
 ――で、自分はこっちの意見の方が好ましい」

という意見ですね。

例を挙げましょうか。
別に良いんですよ、今この現代において天動説が正しいって言ったって。
衛星のオービタルなんかは惑星・恒星を中心とした円運動でちゃんと表現できるんだから、物理学的に天動説は間違っちゃいないんです。
ただ、地動説と違って座標原点を地球に定めてあるのと式が複雑かつ煩雑かつ奇怪なモノになるだけで。
でも、普段僕達が太陽系、ひいては宇宙を語るときに用いられるのは地動説です。
何故か。直ぐ前で触れましたね。そう、複雑でめんどくさいから恒星を焦点として簡潔に示すことの出来る地動説の方が良いんです。
それに、やっぱり天文学という分野における統一見解は出しておかないと混乱の元ですからね。


もう一つ、今度は思索的な面から。
価値観、という概念があります。
個々人の価値観はどれが絶対的に正しいと言えない以上、ただただ認めるだけでは話や思考が進まないのは考えなくたって分かることでしょう。或いは何らかの自称に対する言い訳ですね。
なにもかも許容して『どれでもいい』というふうになるよりも、いっそ何もかも認めない方が、まだはっきりしていてよろしい気もします。中途半端は良くない。
決まった答えがないからと言って、自分なりの答えを出すための努力を放棄する、その逃げ道に相対論はつかえないのです。
ですので、アイデンティティの確立に相対論を組み込む場合他者に対する観測と他者からの観測の中で、何が自分で何が自分ではないのかを差別化することが必要になってきます。
『コレが自分なんだ』でもいいし、『コレを自分にしよう』でもいい。
統一見解(これこそがアイデンティティなのですが)は自分の中でしっかりと保持・選択する必要があるわけです。

* * *

肝要なのは、何かの目的(思索でも、実際にアクションをおこすでも)の為のどんな方法を取るにせよ、どうも人間は自分自身の頭を捏ねずに物事を進めることができそうにないということ。

まぁ、このありふれた思索に意味があるかといえば、まぁ雑感なので、僕ならこういう書き方をするぜ、と言う提示にすぎないのですけどね。
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地動説について
トラックバック天文・宇宙を知る 2007-03-30-Fri 07:18
地動説地動説(ちどうせつ)とは、地球が動いている、という学説のこと。ニコラウス・コペルニクスが唱えた。天動説に対義する学説である。太陽中心説ともいうが、地球が動いているかどうかと太陽が宇宙の中心にあるかどうかは厳密には異なる概念であり、地動説は「Heliocen  [続きを読む]


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